【ツアーNo.24】まち歩き①~祝日の風習~

★奄美の日本復帰運動と「日の丸」 

 

かつてはよく見られたという、祝日の風景。日の丸が沢山掲げられたことから、祝日を旗日ともいいました。

 

昭和21年、奄美は日本から行政分離され、米軍の占領下に。占領下の奄美では、君が代の斉唱や日の丸の掲揚は禁じられたため、国歌や国旗を知らない子どもたちが多かったといいます。

 

昭和27年4月、名瀬小学校の校庭に集まった小中学生に対して、日本復帰協議会の泉芳郎議長は「これが日の丸だ」と、ポケットから日の丸を取り出し、高くかざして見せました。

 

今ではあまり見られなくなった祝日の風景ですが、名瀬では今でも街角でこのような光景を目にすることが出来ます。

 

祝日の名瀬を歩けば、忘れられた「旗日」に出会えるかも……。

昭和の面影を残す家屋も懐かしさを誘う。

まちのリゾート奄美大島

南国・奄美大島の中心市街地「名瀬末広町」のまち案内です。 徒歩5分以内で楽しめる魅力を発信しています。